盆明けの早朝は「山の気配」

吉田博 「五色原」 今の五色が原から立山を望んでいます。 

東京は、お盆が7月。

昨晩は送り火を焚き、今朝はお墓参りをしてきました。

お盆が果たして7月なのか8月なのか。
お盆にはご先祖様が家に帰ってくるのに、なぜお墓参りをするのか。

よくわからないことがありますが、それはさておき、
お墓参りをすると、なぜかホッとしたり、静かな気持ちになれるのは確か。

ひとは死ぬと「タテヤマ」というところにいく、という話しを聞いたことがあります。
それが立山なのか、館山なのかはわかりません。

いずれにせよ。

青森県・恐山でイタコに頼んで故人と通信してみたり、
山村ではその昔、人が死ぬと魂は屋根にあがり、それから村の木に宿り、一年たつと山にあがって神になると信じられていたり。
山はふるくからその清浄な趣を敬われ、神様や亡くなったひとの安住の地として考えられていたのは間違いありません。

お墓参りから家に戻る道は、早朝の太陽が正面から力強く照らします。
意外なことに、そのときの匂いや空気感は、山の中によく似ていました。
ひとの営みが少ない早朝は都会でさえ自然の一部に戻るんですね。

実際に日本は霊山だらけなのですが、こうした山々に登ると、条件がよいときでさえ荒涼とした砂地を目にしたり、つよい日射や風にさらされたります。
生身の人間は「こんなところに住む神様やご先祖様の魂はたいへんだなぁ」と思ったりもするのですが、
きっと私たちが知らない夢のような時空間で、思う存分羽を伸ばしているのでしょうね。

山をスポーツの対象と見ることが多いなか、文化や生活の場のひとつとして見てみると、また山の魅力が身に迫って山への想いがかき立てられます。

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