2016年12月2日金曜日

10/15 余計なことして子は育つ。「三浦半島・海岸線歩き」無事終了。

長いタイトルで失礼しました。
10/15、16名様(うち9名が年中さん〜小4)のご参加者と2名の地球野外塾スタッフ、1名のボランティアサポーター様あわせて19名で無事終了しました。

活動地は、三浦半島の最南端の海岸線。
侵蝕されて、以前は整備されていた遊歩道がほぼ跡形もなくなっているので、人が来ない静かな場所です。
だから、生き物が豊富にいるし、海がきれいだし、孤立したようなドキドキ感があってステキです。
ほどよく壊れているので、子どもたちはさまざまな「余計なこと」をできます。
それも自発的に。
日常生活で、こういう「放置された」場所がなくなってしまったんですね。

子どもたちはなぜ私たちオトナ(あるいは親御さん)から見て「余計なこと」をするのでしょうか。
まず、私たちオトナが子どもたちのさまざまなことをつい「余計なこと」と仕分けしてしまうのが、子どもたちが「余計なこと」をする最大原因かもしれません。
つまり、ほんとうは「余計なこと」ではない可能性が高いと私は思うのです。

では、どんな合目的性があるのでしょう。
私は、子どもたちの「余計なこと」は「生き残る」ための実習だと考えています。
バランスを取ったり、高いところによじ登ったり、泳いだり……
すべて、いざというときに逃げ延びたり、獲物を捕ったりするときには欠かせない動きです。
また、オトナがもつすべてのモノに興味を示して、べちゃべちゃ舐めたり(笑)、こねくり回したり、使ってみようとしたりするのも、そのモノを理解して使いこなす大前提になります。
自分で使いこなせるモノがあればあるほど、生き残るには有利です。

同時に、子どもたちは失敗しておく必要があります。
「イタい目を見る」と、どんな動きがどんなつらさにつながるのか、が自分で体得できます。
死んだり、大ケガする前に「余計なこと」をたくさんして、失敗もたくさんすることが、結局は「生き残る」ことにつながっていきます。


大人にとっていま子どもがそれをやると「意味がない」「汚れたり、時間が遅れたり、ロクなことにならない」「あぶない」(よく考えれば悪くても擦り傷、打撲程度でも)ことは「余計なこと」として制止しがちですが、子どもたちにとっては「機会がやってきた」ときにやっておかないと、今やろうとしている「余計なこと」は次にいつできるかわからない緊急な課題なのかもしれません。

どうしたらいいのでしょう?
ひとつの解決策は「ガス抜き」ではないでしょうか。

子どもたちが「余計なこと」をむやみにしたがるのは、いつそれが実施できるかわからない緊急性を帯びているので、「今度○○でさせてあげる」という代替案が子どもを安心させてあげられるかもしれません。
また、「余計なこと」は「生き残る」ための生物的な本能なので、どこかで必ずさせてあげる必要があると考えます。

不確定要素がたくさんありながら、親御さんあるいは第三者が下見をして、おおよそのリスクについて予想できる場所。
それは親御さんと子どもたち双方にとってニーズを満たせる場所になるでしょう。

この日、子どもたちはたくさんの「余計なこと」をしてくれて、私を大いに安心させてくれました。
そして、子どもたちどうしの友情や、親御さんとお子さんの絆も活動中の随所で垣間みられて幸せな日でした。

(母の)念願だった三浦半島・海岸線歩きにやっと参加でき大満足でした。
案の定、息子も大いにはまって弱音ひとつはかず歩き切りました。
あんなに大きな”浮き(?)”を二つも三つも引きずり歩き続けるなんて・・・。
普段は何かにつけて口出しをしてしまっていますが、この時ばかりは危険なこと以外はグッと我慢しようと思っていました。
自分で考え、判断し行動する、自 分のできる範囲を知る等、すごく良い経験ができたと思います。
何よりも海老澤さん達が、どんな些細なくだらない事にも反応し認めてくれるということが嬉しかったようです。
「磯遊びに最適なところが見つかっていつでも行けるね。」と話したら、「次もえびちゃんと一緒がいい!」
と返ってきました。またお世話になりたいと思います。
嬉しいリクエストありがとう!楽しみにしてるよ!

娘は暑い、寒い、疲れたとは言わない子なのですが、怖がりなのです。特に高いところ(高さは彼女の基準です。)から飛ぶことができません。その娘が海老澤さんに手を取ってもらい、私でも躊躇するような場所を飛び越えることができました。また、7月までは顔を濡らすことが大嫌いだったのですが、海に入ることができました。娘にとっては大きな自信になったようで、帰ってきてからやることなすことが変わってきました。素晴らしい体験をありがとうございました。

ご参加いただいた皆様、そしてサポートしてくださった菅澤さん、本当にありがとうございました。